2008年05月

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帰った私は先輩達とモニターを見守り続けた。
ボードに這い上がった原人は動こうとせず、重い空気が周りを包んでいる。
耐えきれず私は口を開いた。

私:「そういえば知ってます?『地球』には今も先輩達崇める人が一杯います。でもかえって争いのタネになってるみたいですケドね」
イエス:「ん?オレ達のせいで戦争絶えないってコト?まったく懲りないなあ、あの生物は」
アラー:「ほんとだよ。だいたい何でも自分たちで余計な肉付けして膨らませるからなあ。おまけに勝手な解釈他人に押し付ける」
ヤハウェ:「UFOやミステリーサークルもそうだったよなあ。自作して騒いでたもんなあ」
イエス:「聖書だってそうさ。最初はうっかり落っことしたオレの観察日誌を最後にゃほとんど自分達で付け足して『聖典』にしちゃってさあ」
アラー:「あれはオマエさんの不注意だゾ、罪なことするよ全く」
イエス:「でも逆に疫病や地震なんかプログラム上のバグで仕方ないじゃないか。なのにオレ達与えた『試練』なんて勝手に思いこまれてもなあ」
ヤハウェ:「ま、確かに言葉も完全に理解出来るワケじゃないから祈られても困るしな」
私:「じゃせめて今度、神様当人達は皆仲良しなんだって伝えときましょうか」
イエス:「そうだな。戦争やめろってな」
アラー:「自分の問題は自分で片付けろってコトもな」
ヤハウェ:「そういうこと。オレ達神様だってここじゃ苦労はどっさりあるんだ。でも逃げず頑張ってる。『お布施』で幸せ買うなんて『袖の下』さ」
私:「ちょっとちょっと、そんなに再就職に行き詰ってるんですかあ?」
ヤハウェ:「まあな。ここの仕事は潰し効かないからな。でもま、なんとかなるさ。それよりさ。この原人観てると海行きたくなってこない?」
イエス:「なるなる。実はオレもそう思ってたんだ。呑みヤメて海行くか?久しぶりに?」
アラー:「いいねえ~。じゃ賭けよ!」
ヤハウェ:「何に?死んだら『呑み』、乗ったら『海』とか?」
イエス:「いいねえ、それ乗った!じゃ流されず波つかまえ無事岸に辿り着いたら海行こう海」
実験室の空気が少し明るくなった。正直いうと私も久々の海に胸が躍った。

そんな能天気な私たちと対照的に。原人はといえば…
ボードの上でまだ呆然としている。巻いてくる大波。じっと眺めている。「恐怖」と戦っているのだ。
まだ彼には「祈る」という概念はない。そしてあきらめ「自殺」するという概念すらないはず。
もっと無垢な生命なのだ。ただ対処する「自分」があるだけの…。

(あとは自分の力で波をつかめ!)
先輩達も同じ思いなのか皆黙ってモニターに見入っている。
しばらく後、思いが通じたのかゆっくりと原人が立ち上がりパドルを漕ぎだした。
後ろから大波が迫る…!

「よし!いけ~!!」皆で叫ぶ。

それはまるで自分たちの何かを託すかのような声だった。

<つづく>

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原人が落ちた、沈んでいく…!やはり泳げないのか…?
かろうじて水面に上がってきたが、これではやがて溺れシーラカンスのような原始魚のエサになるのがオチだろう。やはり巨大爬虫類の中で進化を遂げるのは無理なのか。
彼は進化の最先端をいく希望の突然変異だったのだ。

私は迷っっていた。

先輩達のように自ら降臨し助ければ同じように職を追われる。でも助けなければこの星に人生物の進化は危ういままだろう。

後ろから声がした。

「行ってこいよ」

振り向くとイエス、アラー、ヤハウェの三人の先輩が立っていた。驚いた。

私:「ど、どこから入ったのですか?どうしてここに?」
イエス:「なあに、就活に疲れて同期会しようかなってコトになってナ。おなえも誘おうと思ってさ。」
私:「そ、それはどうも」
アラー:「なあ、ただし降臨はイカンゾ、降臨は。俺達の二の舞だ。」
ヤハウェ:「そうだゾ。オマエ今迷ってたろ。」
私:「そ、そんな、迷ってなんかないっすよ。ただ死んじゃうと大変だなって焦ってましたけど、それに第一、観察員としてここ離れられないし…」
イエス:「UFOで行って来いって。モノ運ぶだけなら規約違反じゃないさ。」
アラー:「そうだよ。行ってパドルとボードくらい落っことしてきてやれ。あとはアイツの問題だ。」
ヤハウェ:「だいじょうぶだって。ここはオレ達三人が見ててやるよ。」
イエス、アラー、ヤハウェ:「さ、行ってこいって」

少しアツイ思いがこみ上げてきて…私は決意した。

廃車寸前だったアダムスキー型を引っ張り出し、転送カタパルトにセット。
手を振る三人を後にした。

苦しそうに必死にもがく原人がそこにいた。
愛用のパドルサーフィン道具を降ろしてやる。
もし彼がこの正しい使い方を見つけ生き残れたら、そしてもし絵心のある子孫に語り継がれれば、
壁画が発掘されるコトでさらに後世の人々を悩ませるかもしれない。「これは一体なんなのだ…」と。
そう思うと少し愉快になってきた。

「波を捕まえろ、そして生き抜け」
やっとボードに這い上がる原人を見届け私は速やかに帰路についたのだった。

<つづく>


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助け求める原人には悪いがおいそれと手は出せない。
研究観察対象が助けを求めてるからといって、そこへいちいち介入したのでは仮想世界の進化を歪曲させ歴史まで捻じ曲げてしまう。

以前、このプロジェクトのエースと言える「地球」観察員の中には誘惑に抗えず手を出した者もいた。が、いずれも当局にバレ今はプロジェクトを追われている。
イエス先輩、アラー先輩、ヤハウェ先輩、釈迦先輩、ゼウス先輩などなど。
特に前の三人はサーフィン仲間ということで仲も良く、アフター5には私も含めよく4人で街に繰り出したものだ。勿論、波乗りも教わった。
当時新人であった私には、皆優しく面倒見の良い先輩達であった。
それが災いしたのだろうか。救い請う人間に見て見ぬふりは出来なかったのかもしれない。情が深過ぎるのも罪なのか。
いずれにせよ今では職安通いの先輩達も、人間界では未だ慈悲深い「神」として崇められている。
本人達は知る由もないが本望だろう。

いかん、感傷に浸ってしまった。
さて。原人は…まだ捕われている! 翼竜のエサになるのは避けられないようだ。
お、ひときわ大きな活火山が大爆発した。まだ地殻が不安定なのだ、この星は。
お、しかし驚いた翼竜が原人を落としてくれたではないか!

ともあれ原人は危ういとこで助かった…かに見えたが…?

はたして彼は泳げるのだろうか?
もし泳げなければ…一難去ってまた一難ということになる。
地球の例からすると、水に落とされた場合、「猿は泳ぐ」が「人は溺れる」という。
この星の原人はどちらに近いのか。

私も先輩達の指導の甲斐あって今では週末サーファーの端くれ。泳ぎも得意なほうである。
自ら原人の前に「降臨」し泳ぎのひとつでも手ほどきしてやりたいとこだが、いや、やはり職追われた先輩達と同じ轍は踏めない。

「降臨」は禁じられているのだ。

観察規約にも「避けられない事情で対象に接触する際は《宇宙人》を装い《UFO》に搭乗、極力姿は隠すこと」とある。
人の姿で接触するなど許されざる行為だ。

そう、今はただ見守るしかない…見守るしか…「頑張れ、原人!」

<つづく>

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人間達は釈迦だイエスだはたまたアラーだと騒ぐがオットドッコイ。「神」とは人間をはるかに凌駕した知的生命体なのだ。
時間軸も空間軸も科学力もケタ違い。人間には想像もつかない。

当の神達はといえば、いつ頃からかナノテクノロジーや巨大計算機を駆使した「進化」の仮想実験に余念がない。
神仲間ではこの設備「銀河系キット」と呼ばれている。国家プロジェクトである。
神とて自ら「どこから生まれたか」知りたいと願うもの。
似たシミュレーションで自分たちに似た進化を見守り、更にはその果てにある末路を占いたい。
そう考えても不自然じゃない。

ところが困った事がひとつ。
水と空気に覆われた惑星。
それがキットの中に生まれる可能性はごく稀。奇跡的とすら言われている。これは問題。
その点、「太陽系」に生まれた「地球」というのは特殊な星だった。
なんせ生命が誕生、進化を遂げ、今や二本足二本触手の知的生命体「人間」が発生・繁栄しているのだ。

そしてこの星もそう。第二の希望の星である。ただ…
地球に似てるがちょっと違う。

進化の過程もそっくりだが若干のズレがあるのだ。種ごとの進化スピードに。
気まぐれな適応速度のズレからか、どういうわけか原人と巨大爬虫類が共存。
「地球」で見られた過程とはかけ離れているではないか。

こうなると原人には毎日がサバイバルである。
無事子孫を残しホモサピエンスへ駆け上がれるかは彼らの頑張り次第なのだ。
でなければ…爬虫類が知的進化を遂げたりし「地球」とはかなり違う道を辿るだろう。

今。
進化を担う一人の原人が翼竜に攫われようとしている。
プロジェクトの一員、観察係の私としては気になるところだ。

そう。私は神サマ。少なくとも「人間」からはそう呼ばれる生命体の一人。

ナノレベルの言語・思考、この解明機能は未だ完成していないためよく判らないがこう言ってるようだ。

「タ・ス・ケ・テ・ク・レ・ー・!」

<つづく>

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「センスなし」認め、自分の絵も棚上げにし、敢えて白状。

昔っから印象派っぽいカテゴリーはよく判りません。
彫刻なんて便器にしか見えないのもあったしなあ。
一昔前の「ヘタうま」もそう。
最近のストリートアートってのも実はまたこれがよく判りません。
芸能人で破格値つく絵もありますがコレにも稀に????っていうのがあります。

肩書き付で評価するのはご権威・ブランド主義に見えるし、なにより子供が真似しても真贋つかないようなモノはホント謎です。

いつかのBali島ギャラリーはどこも実力ビシバシ伝わる力作並んでて壮観でした。「富」が過ぎると「美」まで奇抜になるのかなあ。

その点写真の説得力、特に自然素材の潔さは羨ましい。写真はこの週末の海。この時期浜に咲く名も知らぬ花。

結構良い波でもありました。

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