以下、ちょっと時事関連の愚痴です。(特にご意見違う方ゴメンナサイ!)
 
自分で(個別)自衛する。それには他人任せにしない「覚悟」と、もちろん「強さ」も必要。
一度「集団的な自衛」認めて頼ってしまうと、自衛はもっと他人任せになって「覚悟」は不足し「弱く」なる...それが今でも心配です。
しかも「仲間」がケンカ始めたら「武力」で加勢するという条件。それ自体なんだかなあ...「仲間」がゴロツキにカツアゲ喰らって必死に防戦してる場合と、仲間自身が「ゴロツキ化」し寄ってたかってタコ殴りのカツアゲしてる場合じゃ...ねえ、全然違いません?
「ヒトに戦わせ観てるだけ」とか「カネ出すだけ」とか言われると一瞬たじろぐけど、実はこんなふうにケースバイケース。
「武力」は我が命の危機まで使わないとした以上、ケンカに「武力」持ち込まない。もしどうしてもという時でもせめて「誰守るため」とか「いつ」くらいは責任もって自分で決めたい。仲間の仮面で強制されたくない。
しがらみで差し出す「武力」は「国防」と呼べないし、そんな「武力」なら放棄したままでいい。
そんな歪んだ「武力」までOKにするなら「永久放棄した武力」って何だったんだ。侵略用「武力」だけ? そんなん常識ですからああァァ!
 
と、以上。頭悪いので誰のどんな書き物読んでもなかなか変わりません。
 
ところでこの写真。
 
整理で出てきた7年前の沖縄「平和記念館」。ちょうど今頃の暑い時期でした。
外は猛暑なのに、ガラス隔てた室内はヒンヤリ。
陳列された悲惨な記録にも何故か実感が湧かなかったのに、一歩外に出た途端、酷暑の陽射しで命懸けた人達がイメージ出来て急に辛くなりました。
開戦への過程も、そして51番目の州なぞるかのような終戦後の流れも「この犠牲に値しないよなあ」と悔しかったのを覚えています。
 
同じ暑さ共有しやっと判る事もあります。
 
写真、そしてあまりの暑さについ思い出してしまいました。
さあこれからです。
もっと暑い終戦の季節です。
 
あ、忘れてました!
千葉の海もついに「海パン一丁」始めました^^イメージ 1